「こんにちは」は「どけどけ」?
その日はインターバル。イヤだなあ、が本音だけど鏑木さんが言ってたことを思い出して、近所の公園に向かって走り出した。「嫌いなトレーニングは必要なトレーニングです」だったか「苦手なトレーニングは欠けているトレーニングです」だったか。ともあれ実に納得できる金言。
しぶしぶ走り出したところで、後ろから自転車が「チリンチリン!」。え、いまどき珍しいなあ、ま、この先で歩道が広くなるから、そこで追い抜かれればいいや、と思ってジョグのまま、またしても「チリンチリン!」、さらに追加で「チリンチリン!」
もとからその日のインターバル走にイヤだなあ感があるうえに、チリンチリンの三度鳴らし。さすがにカチンときましたよ。どう考えたって、どけどけ、自転車さまに道を譲れ! としか思えない。
立ち止まって振り返ったら、びっくりしたのか自転車さまも止まった。危ない危ない、ぎりぎり30cm。
まずは正論
ここはガードレールで守られた歩道です、歩行者が安全に通行するための通路です。自転車は軽車両だから車道を走らなきゃいけません。ほら自転車専用レーンがあるでしょう(と車道を指さす、しかも子供を乗せたママチャリがそこを走ってる)。だけど特例として「歩行者を優先する」なら歩道を走ることを許されています。
それなのにこの狭い歩道で「チリンチリン!」の三度鳴らしはないでしょう。歩行者優先どころか「どけどけ、邪魔だあ」としか聞こえませんよ。
相手は普通のオジサン。そんなことは百も千も承知だよ、うるせーなあ、さっさと道を譲れよ、の表情。しまいにこんな事を言い出しました。
みんな道を譲るよ
え? ベルを鳴らすとみんなどいてくれますよ。なぜ、あなたはどいてくれないのかなあ。
うわあ、そうきましたか。「ごめんごめん、これから気をつけます」って言ってくれれば、簡単に収まったのに。そんなことを言われたら火に油だったか油に火だったか、めらめら燃え上がる。
あのね、チリンチリンはクルマの警告音と同じ、注意警告喚起のためだよ、「どけどけ」の合図じゃない。ベルの音を聞いて、みんなが道を譲るのは、それが不愉快だからだよ。どかなかったら、何度も鳴らすでしょ(今回みたいに)、ますます嫌な気持ちになるでしょ、だからすぐ道を譲るんですよ。決して親切心で道を譲っているわけじゃない。しぶしぶだよ、イヤイヤだよ、しょーがねえなあだよ、それ以上不愉快になりなくないから、道を譲るのさ。
せっかくのいい天気、あなたのおかげで不愉快な半日になってしまったよ。
ぎくっ!
って言いながら、気がついた。これって、トレイルランナーが山でやっていることと同じじゃないのか?
狭い山道で走る人と歩く人とのすれ違い。基本のキは「歩く人に出会ったら(走る人は)歩く人になろう」だと思う。歩く人同士がすれ違うなら物理的な危険はないし、精神的にも違和感は感じられない。
ただし、歩く人に追いついてしまったときはむずかしい。『走ることをやめて、歩く人の後ろを歩き、道幅の広くなったところで、挨拶をして、歩いて追い越しましょう』というのが教科書的な対応だけど、歩く人は後ろから近づく走る人に気づかないから、コトを面倒にしてる。
その日、ひとりしか出会わないランナーならまだしも、後ろから続々とやって来るランナーの「こんにちは」は、やがて「どけどけ!」に聞こえてくるかもしれない。かといって何も言わずに後ろにつくと、うわあ、びっくり! なにか言えよ、驚くじゃないか、って叱られることもある。こっちがひとりなのか複数なのか、相手がひとりなのか複数なのか、家族連れなのか、山の経験が豊か(に見える)なのか、そうでないのか、上り下り、ガレ場など路面状況によっても答えは変わってくる。
さっさと追い越していいよ
山岳ライターの高橋庄太郎さんがこんなこと言ってた。歩く側の人間としては「すみません、先に行かせてもらいます!」って言って(安全なところで)さっさと追い抜いてもらった方がいいんですよ。僕も足の遅いハイカーさんを追い抜くときはそうしますから。おためごかしの「こんにちは」より、本音をはっきり「先に行かせてもらいます」って言った方がいいんです。物理的な足の速い遅いは文句のつけようがありませんし。
ランナーと同じだろう。ハイカーは歩きたいから歩く、気持ちいいから歩き続けたい。意に反して立ち止まりたくはない。足の速いヤツのために立ち止まるなんてイヤだよ、不愉快だよ。それも何度も何度も立ち止まされたら・・。
相手と状況によっては、トレイルランナーは歩道の自転車じゃないのか。このオジサンと同じじゃないのか。「チリンチリン!」以来、山道で後ろから「こんにちは」と声をかけるのが怖くなってる。